※原文を掲載して解答に代えます。
昭和十八年、京都の東山の見える病院で亡くなる直前、まくらもとにいた私に向って、母は自分の脳を[解剖(かいぼう)]することを遺言した。そしてその時、若い時にブランコで頭を打った話をした。いくら学者の妻であり、学者たちを子供に持った母であるにせよ、死に直面して、少しも[理性]に狂いのないのには胸をつかれた。
※湯川秀樹:日本最初のノーベル賞(物理学賞)受賞者。なお、兄・小川芳樹は冶金学者、同じく貝塚茂樹は東洋史学者、弟・小川環樹は中国文学者。/兄弟全員が斯界に名を残した大学者。驚くしかありません。
