2026-03-12

この人は誰?***3月13日号解答・解説

 堺屋太一(さかいや・たいち/本名:池口小太郎)


※万博への情熱 :少年時代に見た復興大博覧会(1948年)により博覧会に興味を持ち、建築家を志し東大に入学したが、肉体的理由(視力低下)もあって経済学部に進んだと言われる。通産省入省後に戦争のため中止になった1940年の万博計画を知り、万博とは無関係な部門の係長の身分を顧みず、その実現に向け動いた。省内の万博への関心を高めることに腐心した当時のことを、彼自身が以下のように語っている。(NHKインタビュー時の発言をそのまま文字にしたものです)
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工業用水の係長でございました。・・・・・特に私が力を入れたのは、役所の運転手さん、局長詰めとか次官詰めの運転手さん、この運転手さんに「万国博覧会っていいんですよ」というのを、毎晩毎晩欠かさずに400日通ったんです。そうするとね、その局長が乗った時に何か話が「局長、万国博覧会って面白いそうですよ」と(運転手さんが)こう言うとね、「あ、お前も知っているのか!」というので、非常に広がる。これをね、400日、1年2か月確実にやりました。
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※小説「油断」 :エネルギー政策担当中に書いたもの。完成直後にオイルショック(1973年)が現実に起きたため、出版はその2年後(1975年)に遅らせたが、100万部を超えるベストセラーとなった。

※時代小説においても経済学的あるいは組織論的観点から歴史を分析する手法が用いられており、極めて独自性の高い作家であったと言える。
032803
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この人は誰?***3月13日号解答・解説

  堺屋太一(さかいや・たいち/本名:池口小太郎) ※万博への情熱 :少年時代に見た復興大博覧会(1948年)により博覧会に興味を持ち、建築家を志し東大に入学したが、肉体的理由(視力低下)もあって経済学部に進んだと言われる。通産省入省後に戦争のため中止になった1940年の万博計画...